ギャラリー凜について

人生の価値は本物に出会うことだと考えます。
本物に出会った時に得る感動が人生を豊かにします。
本物を皆様に繋ぎ、皆様が幸せになる。
それがギャラリー凜の願いです。

お取り扱い作家・作品

    • 白潟八洲彦 :陶芸作品
    • 十二代藤林徳扇 :着物・帯・コスモアート
    • 藤林徳也 :着物・帯・装飾品
    • 上村英司 :真珠

The best and most beautiful things in the world cannot be seen or even touched. They must be felt with the heart. – Helen Keller

世界で最も素晴らしく最も美しいものは、目で見たり手で触れたりすることはできません。それは心で感じなければならないのです。ヘレン・ケラー

ギャラリー凜について

ギャラリー凜は、日本人の匠の技によって生み出された日本人ならではの作品、用の美、後世に残る価値あるものに光を当て、国内外に広くご紹介することで、日本の伝統工芸を応援します。

作り手の愛と魂の籠った作品を通じて、心の豊かな暮らしをご提案します。

伝統工芸作家とその作品をご紹介させていただくことを通じて、わたくしたち日本人が日本人であることの誇りを高めること、文化を通しての国際交流が世界平和の一助に繋がることを願って活動します。

日本の良さを伝えたい

私は海外との関わりのある活動に長年携わる中、日本と日本人の素晴らしさを感じながらも、日本の若者の多くが日本人であることに誇りを抱いていないことに気付きました。

「日本の良いところを私達日本人自身が知ることはもとより世界中の多くの方々に知っていただきたい。」

活動する中で、日本の素晴らしい伝統文化を継承、発展させている方々と出逢い、日本の素晴らしさを伝統工芸、美術品を通じてご紹介するためにギャラリー凜の事業を開始しました。

白潟八洲彦 先生との出逢い

主人が砥部焼大使を拝命し、私は愛媛県伊予郡砥部町の砥部焼伝統産業会館を訪れる機会を得ました。

その時、素晴らしい作品群の中でとりわけ私の目を惹きつけたのは、八瑞窯、白潟八洲彦先生のシンプルな白磁の作品でした。

白潟 八洲彦

「先人のご恩に報うべく砥部焼の認知度を高める為に頑張っている」と仰る白潟先生のお手伝いをしたいと思い、ご家族からのご依頼を受けて、白潟八洲彦先生の作品をご紹介する為に 2014年、私はギャラリー凜を設立いたしました。

砥部焼の採石場は、かつては、土の研究者であった主人の父が勤めていた名古屋の窯業会社に属していたと知ったのは後日のことです。私と砥部焼との出逢いも亡き義父が導いてくれたご縁かもしれません。

『生命の碧い星』

白潟先生の代表作の一つ『生命の碧い星』は、世界平和を願い国境が描かれていない地球儀です。白潟先生が青年海外協力隊で1968年にフィリピンに陶芸指導に行った時、戦争時の話を現地の人々から聴いて、「国境線がなくなれば、仲良くなれるのではないか」と思ったことが『生命の碧い星』制作に繋がったそうです。海の青を表す呉須は砥部焼全窯元からスプーン一杯すつ提供を受けて制作し、1995年に国連50周年を祝し、砥部町からジュネーブ国連欧州本部へ寄贈されました。 また、アメリカ、ワシントン D.C.にある総合文化センター、ジョン・F・ケネディセンターのロビーにも国境が描かれていない地球儀は飾られています。白潟先生は現代の名工、黄綬褒章受章作家として、幅広く国内外で活躍されております。

白潟 八洲彦 プロフィールはこちら

十二代藤林徳扇 先生との出逢い

白潟八洲彦先生の作品展を契機に、十二代藤林徳扇先生のご子息、徳也先生からご依頼を受け、十二代藤林徳扇先生の作品を取り扱う事になりました。

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十二代藤林徳扇 (大正9年~平成25年)

「美しいものは、やすらぎの心、清らかな心をもたらす。」
十二代藤林徳扇先生は、作品に世界平和の祈りをこめられ、作品の多くは、アメリカ、ヨーロッパ諸国、アジア諸国など、世界中の国々に寄贈されております。 こうした先生の平和を祈る活動がユネスコに認められ、ユネスコ・グリーティングカード・アーティストに選ばれました。

また、徳扇先生の代表作の一つである『平和の女神』は、世界から訪れる人々に見ていただくため、ご遺族の手で広島市に贈られました。

『平和の女神』 広島市へ寄贈

『平和の女神』 広島市へ寄贈

「どんな偉い人でもお母さんのお腹から出てくるのが事実。お母さんというのは、命がけで子供を産み、育て、子孫をつなげていく重要な役割を担っている。自分を生んでくれた母親を愛せなければ、誰からも愛されない。母を尊敬することによって、争いがなく、平和な社会が構築できるのではなかろうか。」という先生の思いが『平和の女神』に籠められています。

徳扇先生の原点はご自身が経験された戦争。無事復員したことを感謝され、犠牲になった大勢の方々への想い、自分がなにかできることはないかと考え、先祖が残してくれた日本の伝統技術を継承して発展させることが残された自分の使命であることを知り、着物を作り、帯を作り、絵画を作り、晩年の『平和の女神』の制作に繋がりました。

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ギャラリー凜では、作り手側と二人三脚で活動し、お客様のご要望に応じた作品を制作したり、ご紹介しております。どうぞお気軽にお問合せください。

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