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「平和の母」設置記念 宗教の垣根を超えて「平和への祈りコンサート」

2017年9月8日聖母マリア生誕の日に、被爆地長崎浦上天主堂に
12代藤林徳扇作「平和の母」の絵が、ご遺族から寄贈されました。

 

「平和の母」は故 12代藤林徳扇が、伝統工芸技法の数々を用いて制作した作品です。
絵画を通じて世界の人々に平和への祈りを届けたい、徳扇の作品に対する一貫したテーマは「世界平和への祈願』でした。
今回、絵の設置を記念し、音楽を通じて世界の平安を願うシンセサイザー奏者のキム・シンさんに演奏していただくことで、今を生きる皆様と共に平和の尊さを被爆地 長崎から発信したいと願い、
関係者の一人である私がコンサート実行委員会代表となって、
7月20日、長崎 カトリック浦上教会(旧 浦上天主堂)で、
宗教の垣根を超えて「平和への祈りコンサート」を開催致しました。

 

 

演奏は
シンセサイザー 奏者で、
韓国人の父と日本人の母を持つキム・シン さん。

https://kimshin.jimdo.com/

講話は
浦上教会 久志利津男 主任司祭様。
大浦諏訪神社 今村豊親 宮司様・今村早紀子 禰宜様

長崎市、長崎市教育委員会、長崎新聞社、NBC長崎放送、公益財団法人長崎県国際交流協会、公益財団法人長崎平推進協会の後援を受け、

長崎新聞、西日本新聞、NBC長崎放送にも事前報道していただきました。

コンサートを聞いてくださった神父様の弁
「キム・シンさんの音楽はシンセサイザーだけど、歌声のよう。」

神父様のお話では、
奇遇にも、150年前の今日、1868年7月20日、
隠れキリシタンが自らの信仰を進んで告白し、捕らえられて山口に流刑された日だそうです。それをキリスト教徒の皆さんは「旅の始まり」というのだそう。
151年目の今日を新たな「旅の始まり」と神父様は話されました。

浦上教会(浦上天主堂)が立つ長崎の北部はキリスト教の日本伝来よりカトリック信者の多い農村で、江戸時代、異教信仰禁止による隠れキリシタンの摘発が何度かなされた土地だそうです。(このことを「浦上崩れ」といい、「崩れ」は異教徒摘発のこと。)。
鎖国から長崎開港となり、欧米人が長崎港の南に居住区を作り、一角に1865年大浦天主堂が建てられました。それを知った浦上の住民は大浦に赴任したベルナール・プティジャン神父に密会して信仰を告白し、隠れキリシタンの存在が世の中に明るみになりました。明治政府は、欧米政府からの反対にも拘らず、浦上地区のキリシタンの弾圧をし、(浦上四番崩れ)、浦上の住民は各地に配流されました。

流刑にもかかわらず、キリシタン達はピクニックに行くように楽しそうに旅立ったのだそうです。

「旅の始まり」から150年立つ7月20日に浦上教会で
「新たな旅の始まり」を記念するようにコンサートが開催できたことに神父様はじめ関わる皆さんが特別の縁を感じ、みなさんに喜んでいただきました。

キム・シンさんはじめ、素敵な人たちと一緒にコンサートを作り上げることができ、
お越しいただいた大勢の皆様と平和の尊さを再確認することができ、
平和の祈りコンサート実行委員会代表として、幸福感、充実感を感じた日でした。

今回のコンサートの立役者、大浦諏訪神社 今村ご夫妻との記念の一枚。

ご支援いただきました大勢の皆様に心から感謝申し上げます

追記:

ご参加者の方達から後日、下記のような談話を聞いたことは光栄の至りです。

*「子供の親友が交通事故に遭い、意識不明だったので、コンサート中、無心に祈った。コンサートが終わり帰宅したら、親友の意識が戻ったと息子から連絡が届いた。」

*「厳粛な場所でコンサートを聴けて嬉しかった。」

*ホルンという楽器を吹いていた優秀な息子さんを亡くされた仏教徒のご夫妻から
「息子を亡くして以来、息子と出会える気がして、インドに旅していたが、最近は加齢でインド行きが困難になった。キムシンさんの音楽を聴いたときに、亡くなった息子がその場にいるような錯覚を感じて、インドに行かなくてもまた息子と出会うことができた。」

*80代半ばの一人暮らしの男性から、                      「この歳になって感動という感動はなく、お迎えを待って暮らしていたが、コンサートで感動することができ、生きていることはやはり素晴らしいと思った。」

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